2010年12月23日木曜日

金から価値への進化は評価できる

「幸せ」尺度、開発本格化=研究会が提言へ-政府

アメリカの幼稚な猿真似しか出来ない知的生産性の低い竹中平蔵のような三流エゴノミストやマスゴミが拝金主義を扇動しまくって、国民の価値観など精神的・経済的自由権に干渉して権利侵害しまくったおかげで、日本人の精神や社会が荒廃してしまった(マスゴミの法規制が必要)。

金(カネ)で何でも解決できると吹聴された市場原理主義が、結局何も解決できないどころか社会の混迷や格差をますます深刻化させただけだった事も金融バブル崩壊で明らかになった。
経済学的にも単なる19世紀資本主義への退化でしかなかった。
その意味からも金から価値への視野の拡大といえ、一定の評価はできる。

しかし、では何が価値なのかと考え出すと、取りとめも無く概念が拡散して行き収拾がつかなくなるのも事実。
マルクスの経済学が未完なのも価値の世界に嵌ってしまった為と言われているようだ。

少なくとも金(カネ)は、広い価値の世界を構成するごく一部分に過ぎないことは改めて強調されておくべきだろう。
金があっても不幸な人間、金が無くても幸福な人間が現実にたくさん存在することを理解できる所以である。
これからは、非営利活動や昔ながらのコミュニティや家庭の再評価などを通じて広義の価値に基づいた社会を作って行く必要があることも事実だ。
なぜなら、日本はもはや高い経済(金の世界)成長はあまり望めないからだ。
金(カネ)の増大から価値の増大へと視野を広げる必要があるのだ。
金(カネ)による解決だけではなく、価値による解決を強化する必要がある。
経済学も狭く金だけでなく、価値を扱えるように進化することを期待する。

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