2010年12月25日土曜日

北方領土問題を考える

北方領土問題については、最近まで日ロとも良い雰囲気だったのに、それを一方的にぶち壊したのは日本ではないか。
唐突に北方領土法(※)なる法律を可決(2009年 麻生政権)したことで、一機にロシアの態度を硬化させた。
こんな法律を可決したところで北方領土が返って来る訳もなく、なぜ、このタイミングで成立させる必要があったのか理解に苦しむ。
マスコミの扱いも小さく、事前にほとんどの国民は知らなかったのではないか。

ちなみに日本は、もともと北方領土の返還など求めていなかったのである。
鳩山の爺さん、鳩山一郎が当時ソ連と合意寸前までいったのに、突然アメリカが横槍を入れて来て、ソ連と北方領土で合意するなら沖縄を返還しないと恫喝して来たのである。
当時、ソ連(フルシチョフ)は、歯舞、色丹2島の返還で平和条約を調印できると読んでいたらしい。
そこにアメリカ(ダレス長官)が国後、択捉は南千島に属さない(捏造された錯誤)からソ連に返還を要求しろと日本を牽制したようだ。
しかし、国後、択捉については日本政府自身が南千島に属すると国際会議の場でも発言していたので、国際法上も辻褄が合わず話にならなくなったのである。
それにも関わらず、日本はそれ以来、北方4島を返せと叫ぶようになったのである。

しかし、冷戦も終わり、アメリカの認識も方針も変化したはずなのだが、日本は未だに変わらず北方4島を返せと主張し続けている。
4島一括返還論など、素人が見ても実現が難しい要求を掲げ続けている。
それで2島先行返還論を主張する鈴木宗男などを政治的奸計?で粛清した?のである。

ちなみに最もラジカルで筋が通っているのは、実は日本共産党の主張である。
共産党は、北方4島どころか南北千島列島(クリル諸島)全体を返せと主張している。
その理由は、日露が平和的に最後に合意した国境条約(1875年)が根拠となっている。
また、ソ連のスターリン主義の清算を主張している(スターリンとルーズベルトのヤルタ協定とカイロ宣言違反の問題)。
太平洋戦争中、日本を敗北させる為にルーズベルト@アメリカは再三、スターリン@ソビエトに日ソ不可侵条約を破棄し対日参戦するようそそのかして来た。
スターリンが対日参戦の条件にルーズベルトに提示したのが、千島列島の引渡し(+日本が日露戦争で奪った南樺太の返還)だったのである。
しかし、連合国は戦争に勝ったからといって領土の拡大はしないと宣言(領土不拡大の原則)していたので、千島列島の略奪はこれに違反するのである。
しかもスターリンは千島列島(国後、択捉含む)だけではなく、どさくさに紛れて北方領土(歯舞、色丹=北海道)まで略奪したのである。

こうして見ると、北方領土問題は、単に日ロ間の問題ではなく、当初鳩山由紀夫が主張していたように日米ロの三国間の問題である。
(もっともアメリカは、日本を見放して日ロ間の二国間問題に閉じ込めたいようだが)
さらには、国際法(国連)の問題である。

しかし、理論的には共産党の主張が筋が通っている、あるいは国際法上の問題があると幾ら主張して見ても、しょせんは戦争という一種の無法状態がもたらした現実という問題もある。
共産党の主張にも関わらず、これまで日本政府がロシアに千島列島の返還問題を主張して来なかったのも、スターリンとルーズベルトの密約(領土不拡大の原則への違反)があった為と思われる(アメリカには逆らえないので)。
逆に米ソの密約に北方領土(≠南千島列島)は含まれていなかったので、日本政府は北方領土の返還だけ要求し続けているのではないか。
しかし、もともと日本は国後、択捉は南千島と認識していた事と冷戦終了で日ロ間の合意にアメリカの横槍が入る危険性も低下したにも関わらず、未だに北方4島の返還を主張し続ける必然性は無いのではないか。

素人的には、北方領土問題を現実的に解決するには日本が矛盾した主張(国後、択捉は南千島に属し、いわゆる北方領土ではないと認識していたにも関わらず返還要求の対象にしていること)を撤回し、フルシチョフもプーチンも一貫して提示している歯舞、色丹2島の返還で合意し平和条約を締結するのが最も現実的で合理的と思われる。
しかし、国家の外交を預かる者達にとっては、一度決まった国家の方針を軽々しく変更することはできないだろうし、変更するにはそれなりに大義が必要なのだろう。

http://www.47news.jp/CN/200905/CN2009052201000900.html

http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_int_russia-hoppouryoudo20101101o-01-w520

P.S.この投稿の北方領土問題に関する記述は、不破哲三の『私の戦後60年』新潮社に全面的に依拠している。

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