2012年7月26日木曜日

オウムとマスゴミ、いずれが反社会的か?

カルトの問題を論じるなら、戦後アメリカに洗脳された物質主義や市場原理主義の問題を避けることは出来ないはずだ。
また、アメリカの走狗、媚米カルトのマスゴミの問題を避けることも出来ないはずだ。
その点から逃げまくっている時点で、Blogosもそこら辺のマスゴミと同じ穴の狢に過ぎない。

そもそもオウム犯罪事件の問題について宗教学が回答すべきとは思わない。
宗教学は、宗教団体の反社会性や犯罪を研究する学問では無いからだ。
むしろ、ある種の反社会性は、真正の宗教団体としての証ですらあるだろう。
なぜなら、反物質主義の宗教が、物質主義にどっぷり浸かった俗世社会を否定するのは必然だからだ。
むしろ、俗世社会と親和的な宗教団体の方が胡散臭いくらいだ。

オウムが宗教団体であるという点に視野狭窄すると、逆に本質が見え難くなるかも知れない。
というのは、所詮はオウムも組織・団体であり、組織・団体としての本質に問題の根があるようにも思えるからだ。
いわゆる『内外二重基準』の問題である。
何らかの集団には、内と外の境界がある。
企業でも地域でも国家でも宗教団体でも家族でも共通する問題だ。
内輪の論理では許されても、外部には通用しないことは多い。
内/外のバランスが崩れれば、反社会的とされ社会問題になる。
このバランスが崩れた原因を追究すべきだ。

オウムが社会に牙を剥いた直接の原因=内/外のバランスが崩れた原因は、媚米カルトのアホ馬鹿糞豚マスゴミが当時、宗教警察気取り、秘密警察気取りでオウムを一方的に糞ミソにバッシングしまくった事が、オウムを一段と硬化させ過剰な組織防衛に走らせた点にあるだろう。
マスゴミのバッシングがオウムを凶暴化させ犯罪組織へと変貌させた直接間接の原因だ。
むしろ、メディア・リンチやバッシングなどマスゴミの組織的人権侵害行為や反社会性を論じるべきなのである。
マスゴミこそ真の反社会的勢力であり、諸悪の元凶なのだ。

※元記事
研究者には「オウムとは何だったのか」という問いに正面から答えることが求められている―宗教学者・大田俊寛氏インタビュー回答編

※関連する投稿:オウムもマスゴミもカルト

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