2012年8月27日月曜日

市場原理主義の正体

ヨーロッパや日本は、自由主義と平等主義のバランスに注意して来たが、アメリカは自由主義マンセー♪の国だから格差が広がるのは当然だろう。

市場主体の自由な交換が共同体の自給自足的な主体性、地域の自律性を破壊し、近代国家が生まれた(革命)。

共同体が崩壊し、個人が競争(市場)にむき出しに晒されれば、単なる交換可能な商品になる。
人材と言えば聞こえは良いが、分業化した市場の規格に押し込まれ、人格の主体性、自律性は分裂し、組織や市場(システム)に組込まれる。
システムに組込まれない規格外の者は、敗者、失業者、弱者の烙印をおされ市場から追放される。

愚劣傲慢なマスゴミや三流エゴノミストは軽々しく「市場から淘汰しろ♪」と偉そうにほざくが(こいつらは時代錯誤の護送船団に庇護されている特権階級気取りの経済的弱者のくせに)、個人を保護する共同体が消滅した現在、経済的死の宣告に等しい(市場の本質は分裂と依存である)。
市場に運よく留まった者も、人間としての尊厳は規格品のグレードにすり替えられ、ラベリングされ裁断されて逝く。

市場原理主義は企業間競争だけでなく、個人間競争、地域間競争、階層間競争、国家間競争が何の歯止めもなく激化して逝くのだから、これらの間に格差が広がるのは必然だ。
オツムの弱い三流エゴノミストやアホ馬鹿マスゴミが喧伝するように上手く行けば、競争による活性化や成長もあり得るが、これは都合の良いいいとこ取りの子供騙しのプロパガンダに過ぎない。
成功例だけが全てではない。
競争と格差は、いずれ争いの種となる。
上手く行かなければ、経済競争が人心の荒廃、地域の衰退、社会の分裂、階級間闘争、国家内闘争(権力争い、内戦)、国家間闘争(紛争、戦争)を招く。

そして今、市場原理主義(グローバリズム)が国家の境界を破壊し、超国家を生み出しつつある(既にEUなど)。
個人は直接世界と対峙し競争しなければならなくなる。

※元記事
格差社会アメリカの起源 「中流の失われた10年」ピュー・リサーチセンターの最新の報告書から

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